第2部 AIのあゆみ

第4章AIの誕生と黎明期

現在のLLMは、ある日突然生まれたものではありません。AIという分野には七十年ほどの歴史があり、 期待と失望を何度も繰り返しながら発展してきました。歴史をたどると、いまのAIが「何を乗り越えて きたのか」が見えてきます。まずこの章では、AIという言葉が生まれた黎明期と、最初のブームを見ていきます。

4.1ダートマス会議とAIという言葉の誕生

AIという言葉は、1956年にアメリカで開かれた研究者の集まり(ダートマス会議)で生まれました。ここがAI研究の出発点とされています。

1956年、アメリカのダートマス大学で、少人数の研究者が集まる会議が開かれました。この場で、ジョン・ マッカーシーらの提案により「人工知能(Artificial Intelligence)」という言葉が正式に使われ、以後、 この分野の名前として定着しました。会議を提唱した研究者たちは、「学習や知能のあらゆる特徴は、原理的には 機械で再現できるはずだ」という考えのもと、機械に知的なふるまいをさせる研究を進めようとしました。

当時のコンピュータは、いまとは比べものにならないほど非力でした。記憶できる量も、計算の速さも、 ごくわずかです。それでも研究者たちは、人間の思考を記号の操作として表現できれば、機械にも推論が できるようになると期待していました。頭の中で行う「考える」という営みを、記号を決まった規則で 操作することに置き換えられる、という見通しです。この楽観的な期待が、最初のブームを生み出す原動力と なります。

4.2第1次AIブーム:推論と探索

最初のブームでは、迷路やパズルのように、手順をたどれば答えにたどり着く問題をコンピュータに解かせる研究が進みました。中心にあったのは「推論」と「探索」です。

1950年代後半から1960年代にかけての第1次AIブームでは、決まったルールのある問題を機械に解かせる 研究が花開きました。迷路の出口を見つける、パズルを解く、簡単な定理を証明する、簡単なゲームで手を 選ぶ、といった課題です。こうした問題は、選べる手を一つずつ試し、条件に合う道筋を探し出すことで 解けます。この、可能性を順にたどって答えを見つける方法が「探索」であり、決められた規則から結論を 導くのが「推論」です。

探索と推論は、いまの目で見ても筋の通った方法です。ルールがはっきりしていれば、コンピュータは 人間よりもはるかに速く、たくさんの可能性を試せます。当時の研究者は、この方法を推し進めれば、やがて 人間のような知能に近づけると考えました。実際、パズルや簡単なゲームでは、目覚ましい成果が上がりました。

具体例:探索とはどういうことか

分かれ道のある迷路で、出口を探す場面を考えます。コンピュータは、次のように進みます。

1.分かれ道で、まず一方の道を選んで進む
2.行き止まりに当たったら、一つ前の分かれ道まで戻る
3.まだ試していない道を選んで、また進む
4.出口に着くまで、これを繰り返す

人間なら根気の続かない「しらみつぶし」を、コンピュータの速さで一気に行う。これが探索の基本的な 考え方です。

4.3トイプロブレムの限界

初期のAIは、ルールが明確な小さな問題は解けましたが、現実の複雑な問題には歯が立たず、最初のブームは冷めていきました。

探索や推論で解けたのは、ルールがはっきりしていて、状況が限られた問題でした。こうした整理された課題は、 あとから「トイプロブレム(おもちゃの問題)」と呼ばれるようになります。パズルは解けても、現実の世界は はるかに複雑で、考慮すべき要素も膨大です。試すべき選択肢が増えすぎると、探索は現実的な時間では 終わらなくなってしまいます。

現実の問題に必要な、常識や曖昧な状況への対応も、当時の方法では扱えませんでした。「テーブルの上の コップを取って」という何気ない指示にも、実は膨大な常識が隠れています。期待されたほどの成果が 出ないと分かると、研究への関心も資金も減っていきます。こうして最初のブームは終わりを迎えますが、 この経験は、次の時代に「知識をどう扱うか」という新しい発想を呼び込むことになります。

当時のAIが解けた問題と、解けなかった問題の違いは、いまのAIを考えるうえでも示唆に富みます。ルールが 明確で、選べる手が限られた問題は、機械が得意とするところです。反対に、常識や曖昧さを含む現実の問題は、 そもそもルールとして書き下すこと自体が難しい。この線引きは、形を変えて現在のAIにも残っており、AIの 得意と苦手を考えるときの、一つの手がかりになります。

深掘り:組み合わせ爆発(読み飛ばし可)

探索が現実の問題でつまずく大きな理由が、組み合わせ爆発と呼ばれる現象です。選べる手が一手ごとに 増えていくと、試すべき組み合わせの数は、手数が進むにつれて雪だるま式にふくらみます。たとえば 各場面で選べる手が10通りあるとすると、2手先で100通り、3手先で1000通り、と一気に増えていきます。 どれほど計算が速くても、この増え方には追いつけません。ルールが明確でも、可能性が多すぎると 探索しきれない。この壁が、初期のAIの限界を象徴していました。のちのAIは、すべてを試すのではなく、 データから学んで見当をつける方向へと進んでいきます。

この章の要点

  • AIという言葉は1956年のダートマス会議で生まれ、これがAI研究の出発点とされています。
  • 当時は、思考を記号の操作として再現できるという期待のもと、研究が始まりました。
  • 第1次AIブームでは、推論と探索により、ルールの明確なパズルのような問題を解く研究が進みました。
  • これらはトイプロブレムに限られ、組み合わせ爆発や常識の欠如から、複雑な現実の問題には対応できませんでした。