第2部 AIのあゆみ
第5章二度のブームと冬の時代
最初のブームが冷めたあと、AI研究は「知識をコンピュータに教え込む」という新しい方向へ進みました。 探索だけでは現実の問題に届かないなら、専門家の知識そのものを機械に与えればよい、という発想です。 この章では、その第2次ブームと、そこで直面した壁、そして二度訪れた停滞の時代を見ていきます。
5.1第2次AIブーム:エキスパートシステム
第2次ブームの主役は、専門家の知識をルールとして書き込み、その分野の判断を代わりに行う「エキスパートシステム」でした。
1980年代を中心とした第2次AIブームでは、特定分野の専門家が持つ知識をコンピュータに移すという発想が 広がりました。医師の診断の考え方や、技術者の点検の手順を、「この条件が成り立てば、この結論を出す」という ルールの集まりとして書き込むのです。こうして作られたのがエキスパートシステムで、専門家に近い判断を 再現できるとして、医療や金融、製造など、実際の業務にも取り入れられました。
ルールをたどって結論を導くという点では第1次ブームと似ていますが、大きな違いは、その分野の知識を 大量に詰め込んだ点にあります。探索の力だけに頼るのではなく、あらかじめ専門知識を与えておけば、 現実の問題にも役立つはずだ、という考え方です。知識さえきちんと書き込めば役に立つという期待から、 多くの企業が導入を進め、AIは再び注目を集めました。
エキスパートシステムは、限られた範囲では確かに成果を上げ、実際の業務で長く使われたものもありました。 条件がはっきりし、対象が狭く定まっている問題であれば、ルールを積み上げる方法はいまでも有効です。 つまずきが目立つようになったのは、その狭い範囲を超えて、あらゆる状況に対応させようとしたときでした。
具体例:エキスパートシステムのイメージ
たとえば、簡単な故障診断のシステムを考えると、次のようなルールの集まりになります。
・「電源が入らない」かつ「ランプが消えている」なら → 電源系を確認するよう表示
・「音は出るが画面が映らない」なら → 表示系を確認するよう表示
・「時々止まる」なら → 過熱の可能性を表示
専門家が頭の中で行っている切り分けを、条件と対応の形で書き出しておく。これがエキスパートシステムの 基本的な作りです。ルールが多く、正確であるほど、頼りになります。
5.2知識をルールで書くことの難しさ
専門家の知識をすべてルールとして書き出す作業は、想像以上に手間がかかり、例外への対応や更新も難しく、これが大きな壁になりました。
エキスパートシステムは、やがて大きな困難に突き当たります。まず、専門家が持つ知識は、本人も言葉にできない 経験や勘を多く含んでおり、それをもれなくルールに書き出すのは容易ではありませんでした。書き出せたとしても、 現実には例外が次々に現れ、そのたびに新しいルールを追加する必要があります。ルールが増えるほど、互いに 矛盾しないよう保つのも難しくなり、少し状況が変わると、とたんにうまく答えられなくなる、というもろさも 抱えていました。
身近なたとえ
料理の名人に「その味付けを全部レシピにしてください」と頼んでも、「少々」「いい感じになるまで」といった 感覚的な部分が多く、すべてを数値で書き切るのは困難です。エキスパートシステムは、まさにこの「言葉に できない知識をどう書き出すか」という壁にぶつかりました。
深掘り:知識獲得のボトルネック(読み飛ばし可)
専門家の知識をルールとして取り出し、システムに入れる作業は「知識獲得」と呼ばれ、ここが最大の 難所でした。専門家に話を聞き、判断の理由を言葉にしてもらい、それをルールに整えていく。この作業は 時間がかかるうえ、専門家自身が「なぜそう判断したか」をうまく説明できないことも多く、思うように 進みませんでした。このように、知識をシステムに取り込む部分が全体の進みを縛ってしまうことを、 知識獲得のボトルネックといいます。人がルールを書き出すという前提そのものが壁になっていた、という この経験が、のちに「データから自動的に学ばせる」機械学習への転換を後押しすることになります。
5.3二度の冬の時代
AIの歴史では、大きな期待のあとに失望が続き、研究資金が減る「冬の時代」が二度訪れました。過度な期待と現実の差が、停滞を招きました。
第1次ブームのあとにも、第2次ブームのあとにも、AIへの関心と資金が大きく冷え込む時期が訪れました。 これらは「冬の時代」と呼ばれます。共通していたのは、初めに大きな期待が持ち上がり、実際の成果がそれに 追いつかないと分かったとたんに、反動で失望が広がったことです。実力以上の宣伝や、実現時期の見積もりの 甘さが、落差を大きくしました。期待が高いほど、届かなかったときの反動も大きくなります。
もっとも、冬の時代は無駄な期間ではありませんでした。この間にも基礎的な研究は続けられ、後にディープ ラーニングとして花開くニューラルネットワークの研究も、目立たないところで育てられていました。派手な ブームが去ったあとも、地道に手法を磨き続けた人たちがいたからこそ、次の飛躍が準備できたのです。AIの 歴史を振り返るときは、華やかなブームだけでなく、こうした積み重ねがあったことも押さえておくとよいでしょう。 次の章では、その積み重ねが一気に実を結ぶ、ディープラーニングの登場を見ていきます。
この章の要点
- 第2次AIブームでは、専門家の知識をルール化したエキスパートシステムが業務に取り入れられました。
- 知識をもれなくルールに書き出すことは難しく、例外対応や保守の負担、状況変化へのもろさが壁となりました。
- 人が知識を取り出す「知識獲得のボトルネック」が、のちの機械学習への転換を後押ししました。
- 過度な期待と現実の差から二度の冬の時代が訪れましたが、その間も基礎研究は続いていました。