第2部 AIのあゆみ
第6章ディープラーニング革命
知識を人が書き込む方法が壁に当たる一方で、「データから自動的に学ばせる」という考え方が力をつけていきます。 冬の時代に静かに育てられていた技術が、データと計算資源という追い風を得て、一気に花開きました。 この章では、機械学習への発想の転換と、それを決定づけたディープラーニングの登場を見ていきます。
6.1機械学習という発想の転換
人がルールを書き出す代わりに、大量のデータからコンピュータ自身にパターンを学ばせる。この発想の転換が、現在のAIの土台になりました。
エキスパートシステムの限界は、「知識を人が書き出す」という前提そのものにありました。そこで注目された のが、データを大量に与えて、規則性をコンピュータ自身に見つけさせるという方法です。これが機械学習です。 犬と猫を見分けさせたいなら、判別のルールを書くのではなく、たくさんの写真を見せて違いを学ばせます。 言葉にしにくい知識でも、データの形で示せれば扱えるようになる点が、大きな転換でした。第5章で見た 知識獲得のボトルネックを、根本から避ける発想だといえます。
ルールベースと機械学習の違いは、教え方の違いにたとえられます。ルールベースは「こういうときはこうする」 という手順を一つずつ教えるやり方です。機械学習は、たくさんの見本を見せて、共通する特徴を自分でつかま せるやり方です。手順を言葉で書き切れないような複雑な対象では、後者のほうがうまくいく。この気づきが、 研究の重心を、ルールを書くことから、良いデータを集めて学ばせることへと移していきました。
機械学習という考え方自体は以前からありましたが、実用的な成果を出すには、大量のデータと、それを処理する 計算能力が必要でした。これらの条件が長らく整わなかったため、機械学習は長い間、期待されつつも十分な 結果を出せずにいました。しかし2000年代以降、その状況が変わっていきます。
6.22012年・画像認識のブレイクスルー
2012年、画像認識の競技会でディープラーニングを用いた手法が圧倒的な成績を収め、AIの流れを大きく変えました。
機械学習の中でも、層を深く重ねたニューラルネットワークを使う方法がディープラーニングです。その実力が 広く知られるきっかけになったのが、2012年に行われた画像認識の競技会でした。写真に何が写っているかを 当てるこの競技で、ディープラーニングを用いた手法が、それまでの方法を大きく引き離す精度を出したのです。 誤りの割合が一気に下がり、多くの研究者が「これは本物だ」と受け止めました。
この結果が衝撃を与えたのは、単に成績が良かったからだけではありません。それまでは、画像のどこに注目 すべきかという特徴を、人が工夫して設計するのが当たり前でした。ところがディープラーニングは、その注目 すべき特徴そのものを、大量の画像から自分で学び取っていました。人が手作業で特徴を設計しなくても、 データさえあればモデルが必要な見方を身につける。この事実が、その後のAIの進み方を決定づけました。 これ以降、画像だけでなく、音声や言葉の処理でもディープラーニングが使われるようになり、現在へと続く 急速な発展が始まりました。
具体例:人が決める特徴と、学び取る特徴
犬と猫を見分けさせる場合を考えます。従来の方法では、人が「耳の形」「ひげのようす」「鼻の位置」と いった着目点をあらかじめ設計し、それをもとに判別させていました。うまく判別させるには、この着目点の 設計に、専門知識と試行錯誤が欠かせませんでした。
ディープラーニングでは、この着目点そのものを、大量の写真からモデルが自分で見つけ出します。人は 「これは犬」「これは猫」という正解つきの写真を大量に与えるだけで、どこに注目すべきかはモデルが 学び取ります。特徴の設計という重労働から人が解放されたことが、大きな転換でした。
6.3データと計算資源が開いた道
ディープラーニングが花開いた背景には、インターネットの普及による大量のデータと、高速な計算を担うハードウェアの進歩がありました。
ディープラーニングは、それ自体は以前からあった考え方でしたが、長らく十分な成果を出せずにいました。 状況を変えたのは、二つの環境の変化です。一つは、インターネットの普及によって、学習に使える大量の 画像や文章が手に入るようになったこと。もう一つは、大量の計算を高速にこなせるハードウェア、とくに GPUと呼ばれる装置が広く使えるようになったことです。GPUはもともと画像処理のための装置でしたが、 ディープラーニングが必要とする大量の単純な計算に、たまたま非常に向いていました。
身近なたとえ
たくさんの練習問題(データ)と、それを短時間で解ける速い頭脳(計算資源)の両方がそろって、初めて 実力が伸びます。ディープラーニングという素質は前からありましたが、材料と道具が同時に整ったことで、 ようやく本領を発揮できるようになりました。
データと計算資源という土台がそろったことで、AIは「規模を大きくするほど賢くなる」という道を進み始めます。 より多くのデータを、より大きなモデルに、より多くの計算で学ばせる。この方向が、次の章で見るTransformerと 大規模言語モデルの時代へとつながっていきます。冬の時代の地道な研究が、追い風を得て一気に実を結んだ 瞬間だったといえます。
深掘り:GPUがなぜ効いたのか(読み飛ばし可)
ディープラーニングの学習では、大量の掛け算と足し算を、とてつもない回数くり返します。この計算は、 一つ一つは単純で、しかも多くを同時に並行して進められるという特徴があります。GPUは、もともと画面に 大量の点を同時に描くための装置で、まさに「単純な計算を大量に並行してこなす」ことに向いていました。 この性質が、ディープラーニングの計算とぴたりと合ったのです。もともと別の目的で発達した装置が、 思わぬ形でAIの飛躍を支えた、というわけです。こうした計算の重さは、第10章で見る学習コストの話にも つながります。
この章の要点
- 人がルールを書く代わりにデータから学ばせる機械学習への転換が、現在のAIの土台になりました。
- 2012年の画像認識の競技会でディープラーニングが圧倒的な成績を収め、AIの流れを変えました。
- 衝撃の核心は、注目すべき特徴そのものをデータから自分で学び取れることが示された点にありました。
- 大量のデータと、GPUなどの計算資源がそろったことが、ディープラーニングの飛躍を支えました。